ヒトやマウスのゲノムには、既知の機能ドメインを持たず、一次配列から機能を予測することが困難なRNAやタンパク質が数多く残されています。本研究では、それらの中でも特に核内で構造体を形成する長鎖ノンコーディングRNAや、全長に渡って特定の構造を取りにくいと予測される超天然変性タンパク質に注目し、変異マウスを作製してその表現型を解析することで、非ドメイン型バイポリマーの生理機能を明らかにしてゆきます。また、超解像顕微鏡を用い、非ドメイン型バイオポリマーが形成するサブミクロンスケールの構造体の微細内部構造の解析も行います。
アーキテクチュラルRNA (arcRNA) は、天然変性領域 (IDR) を持つタンパク質を集約して相分離を誘発し、非膜オルガネラを形成する非ドメイン型RNAです。非膜オルガネラは、種間で共通の微細内部構造と構成タンパク質を持つにもかかわらず、骨格のarcRNA配列は保存されていません。そこで本研究では、arcRNAとIDRという二つの非ドメイン型バイオポリマーが、配列に依存せずに非膜オルガネラを形成しその物性を決定する機構を解明し、これらの分子が正しく作動するための基盤ルールを明らかにします。
mRNAの3’非翻訳領域は、生物学的に重要な役割を果たしているにも関わらず、機能ドメインの解析がほとんど進んでいない未開拓の領域です。その中には種を超えて保存された機能ドメインを持たずに機能を発揮することができる非ドメイン型RNAが相当数含まれている可能性があります。本研究では、非ドメイン型バイオポリマーとして働く新規の翻訳開始内因性RNA配列を同定し、その動作機構の解明を目指します。配列への機能依存性が低いdORFの翻訳に必須な非ドメイン型RNA配列の動作原理を解明します。さらに個体レベルでの生理機能から原子レベルでの動作機構まで解明することで、生物の新たな機能獲得戦略の理解につなげることを目標にします。
Heroタンパク質は、ほぼ全長に渡って構造をとらないと予測される超天然タンパク質群であり、様々なストレスからクライアントタンパク質を保護し、その変性や凝集体形成を阻害する活性を持つことが示されています。本研究では、領域内連携によって幅広い方法論を集結させ、Heroタンパク質によるクライアント保護機構の基本原理を解明するとともに、患者由来疾患iPS細胞ライブラリを活用し、ヒト病態類似環境におけるHeroタンパク質の凝集体抑制効果を検証することで、新規の神経変性疾患治療法開発を目指します。
極限環境耐性を持つクマムシは種特異的なタンパク質を多数有しており、それらの多くは煮沸処理後も可溶性を失わない「熱可溶性」という特異な性質を示します。これらの熱可溶性タンパク質は、既知のタンパク質の機能ドメインを持たない典型的な非ドメイン型タンパク質であり、極端な環境耐性を示す乾眠時のクマムシにおいて、水の可逆的喪失から細胞を保護するために重要な役割を果たしていると考えられています。本研究ではクマムシが示す優れたストレス耐性能力に注目し、クマムシ特異的な非ドメイン型タンパク質の細胞レベルでの機能解析を進めると共に、他ユニットと連携してそれらの分子レベルの作用機序から個体レベルでの生理機能まで、全階層横断的な解析を主導的に進めます。さらに、比較ゲノム解析の手法を駆使して配列への機能依存性を高めずに機能を獲得する分子進化戦略を明らかにするほか、クマムシ由来の非ドメイン型バイオポリマーを強制発現し、新たな生体機能を持った個体の作製も目指します。
非ドメイン型バイオポリマーは多様な修飾による分子物性制御を介して柔軟な機能を発揮していると考えられますが、その動態に関する知見は皆無に近い状況です。本研究では、最先端の超高感度質量分析技術を駆使することにより、当研究領域で見出された非ドメイン型タンパク質・RNAに関して包括的に分子修飾を同定すると共に、被修飾部位ごとの機能的役割について精密な定量的動態分析を行い、非ドメイン型バイオポリマー特有の物性制御に資する分子修飾機構を、修飾部位レベルの解像度で理論的に議論することが可能な解析プラットフォームを確立します。
分子生物学の解析手法として立体構造解析は非常に強力であり、多くの生命現象を制御する詳細な分子機構が、立体構造を基盤として記述・理解できるようになってきています。本研究では、非ドメイン型バイオポリマーが形成する非膜オルガネラの内部構造や、実際にそれらの分子が機能する際の構造を、構造生物学の視点から明らかにします。種間で保存された配列を持たない分子がどのようにして分子機能を発揮するのか、その法則を明らかにすることを目指します。
特定の立体構造を取らない領域が担う分子間相互作用は、非ドメイン型バイオポリマーの特徴的な分子機能のメカニズムを理解する鍵になります。その揺らいでいる構造と相互作用を可視化するため、本研究では分子動力学法を活用します。「富岳」などのスーパーコンピュータを有効活用するための技術開発を行い、相互作用を詳細に観察できる全原子モデルと、大規模なシミュレーションを可能にする粗視化モデルを活用します。得られる結果を実験研究にフィードバックすることで、実験とシミュレーションの相乗効果を生み出すことを目指します。