越し方 行く末 The Way Behind, the Way Ahead

メールボックスの片付けをしていた。

かれこれ20年近く使っているフリーメールアドレスが、とうとう容量の90%を超えたのだ。差し支えない範囲で古いバルキーなメールを削除すべく、古い順に並べていく。そこには、私の人生の歴史が詰まっていた。どれも削除できない大切なやりとりばかりで、以前の整理のときにも「これだけは消せないな」と思ったものたちが、やはり今も残っている。

中でも、シンガポールでPI職を得たと報告したときの、恩師たちからの返信は、ことのほか心に響く。少なくない数の人たちはもう鬼籍に入られていて会うことができない。その中の一人は、細胞性粘菌の研究者で、大阪大学で助教授を務められていた前田みね子さんだ。私は一時期、前田さんと一緒に暮らしていたこともあり、本当の家族のように可愛がっていただいた。彼女が残していった超音波細胞破砕機、そして個人的にいただいたショウジョウバエの本は、今も私の研究室にある。それらに貼られた「MM」のイニシャルを見るたびに、「カイちゃん、研究がんばってね!」という声が、今もどこかから聞こえてくるような気がする。

ご馳走してもらったステーキ、本当に美味しかったな。
もっとサイエンスの話をしておけばよかった。もっと一緒に笑えばよかった。また会える日まで、私はもう少しこっちで頑張るからね。

そしてもうひとり、大切な恩師が昨年、旅立った。
Joseph Gall。私の永遠のアイドルである。

以前にもこちらのブログで紹介したが、米国・カーネギー研究所のSpradling研でのポスドク時代、私はGall研のラボミーティングにも参加し、土曜の昼下がりにJoeとお茶をご一緒するのが密かな楽しみだった。Joeはノーベル賞受賞者であるElizabeth Blackburnらを始め、数々の著名な女性研究者を育てたことでも有名である。同時に、古い論文や抗体のコレクターでもあり、私も彼に18世紀の論文や、Barbara McClintockの顕微鏡を見せていただいたことがある。

3年ぐらい前に、ある抗体を手に入れたくて、ダメもとでJoeにメールを送ったら、普通に返事が来て驚かされた。当時、確か93歳で、まだカーネギーにも時々行っていらっしゃるようだった。それが最後のメールになった。2005年に私がカーネギーを去るときは、彼に深く心からのお辞儀をした。私のお辞儀をにこやかに眺めたJoeは「お辞儀って、Toshiはやっぱり日本人だね。これからも頑張ってね」って送り出してくれた。もちろん、了解です!!

来年、私は京都へ異動することになった。研究と教育の場が変わる。気づけば、自分が若い世代に何かを渡す側になってきている。出会ってくれたたくさんの人たちに、心からの感謝を。そして、これからの毎日が、誰かの「越し方」につながりますように。

在りし日のJoeによるレクチャー:in situ hybridization

(彼のinventionは今でも世界中の研究者たちをワクワクさせているのです!!)