恩師の新しいサイエンスの展開 -誰も信じない、でも、本当だったらノーベル賞級

 

以前このコラムでも書きましたが、私は2001年の学位取得直後から約3年半、ボストンの Harvard Medical School にポスドクとして留学していました。メンターは、NMRに携わる人なら誰もが知る著名な研究者、Gerhard Wagner です。彼はNMR学者、あるいは構造生物学者として十分な名声と地位を確立しており(NASのメンバーでもあります)、これまでに数多くの功績を残してきました。そんな彼が、この数年で最も力を注いでいるのは――意外にも、がんに関する細胞生物学的研究です。

Gerhard と、研究開始時にはポスドクで現在はスタートアップ企業のCEOを務める Tingfang は、「Cytocapsular membrane(細胞カプセル膜)」および、その伸長形である「Cytocapsular tube(細胞カプセル管)」という、がん幹細胞を取り囲む脂質二重膜構造を発見したと主張しています(PMID: 29339492, 38294933)。最近、その内容をまとめたレビュー論文も出版されました(PMID: 39680050)。私自身、このような構造の存在はまったく聞いたことがありませんでしたし、おそらく、がん細胞生物学者やがん医学研究者の99.9%は信じていないでしょう。とはいえ、論文に掲載されたデータや動画を見る限り、捏造のようには見えません。本当に存在するのなら、「今まで誰も見つけられなかったのか?」と驚くほど際立った膜構造です。そしてもし事実であれば、がんの診断、治療、さらには予防に至るまで、極めて大きなインパクトをもたらすことは間違いありません。

今年、Gerhard はリタイアを迎え、7月にボストンで開催された退任記念シンポジウムに私も参加してきました(写真)。そこでは、同業者や共同研究者、卒業生といった錚々たる研究者たちが、彼のこれまでの歩みを称えていました。彼が最後に見つけた Cytocapsular membrane は果たして本物なのか――その真偽は、今後のフォローアップ研究によって明らかになっていくはずです。おそらく、10年後には答えが出ているのではないでしょうか。

利益相反
このコラムの執筆者である伊藤拓宏は、Centiver Japan LLC のアドバイザーを務めています。