不適切な名前の「アカパンカビ」と非常識な「菌類ウイルス」の関係

 科学者の楽しみの一つは、「ガラクタ」と思われていたものから、「宝の原石」を見つけ、誰よりも早く解析して発表することではないでしょうか。この生物学の「宝の原石」を探す方法の一つは、「一般的(当たり前)なこと」に対して疑問に思い、自分自身で確かめてみることだと言われています。本領域はこれを結集させたものだと勝手に思っています。幸運にも公募班員として参画することができましたので、皆様方と楽しみながら本領域を盛り上げていければと思っています。

 私は20年近くアカパンカビをモデル生物として利用した研究を行っています。アカパンカビと言えば、高校生物で習う「1 遺伝子・1 酵素説」が有名ですが、実物を見た人はほとんどいないのではないでしょうか? 多くの人は高校生物の便覧にイラストで描かれている赤色の胞子や、その名前から、「パンに生える赤いカビ」と漠然に思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、それは間違いです。アカパンカビはオレンジ色です(下の実物の写真で示すように光に応答してカロテノイドを合成するからです)。また、アカパンカビは基本的にはパンに生えません。しかも、アカパンカビの近縁種は食べられます(インドネシアの伝統発酵食品オンチョム)。そのため海外では、red bread mold は不適切な名前として周知されています(参考リンク)。何を伝えたいかというと、不適切な名前の「アカパンカビ」の例からもわかるように、当たり前なことに対して疑問に思うことは、意外にも身近にあるということです。

 前置きが長くなりましたが、次に私たちの研究について紹介させて下さい。私たちは最近、アカパンカビに感染する菌類ウイルスを世界ではじめて発見しました。アカパンカビはショウジョウバエの次に古いモデル生物なのですが、これまで本菌に感染する菌類ウイルスは報告されていませんでした。「なぜ、100年近くも見つからなかったのか?」と疑問に思うでしょう。この理由の一つは、発見した菌類ウイルスは、一般的に知られているウイルスとは異なるからです。ウイルスは、名前の由来である「毒性、スライム状の液体」が示すように、病気を引き起こすものというのが一般的です。また、生活環は教科書に紹介されているように、カプシドにより細胞内でウイルスゲノムを区画化(カプセル化)し、細胞外へ出芽して、新たな細胞に感染するサイクルを繰り返します。しかし、発見した菌類ウイルスは、病気も引き起こさず、カプシドも持たず、出芽もせずに細胞内にずーと留まり、宿主アカパンカビと共存しています。つまり、この「菌類ウイルス」の非常識により、これまで単離された野生株のアカパンカビのほぼすべてが健康だったので、ウイルス感染が疑われず、未発見のままだったようです。では、「どのようにこの特殊な共存関係が構築されているのか?」ですが、私たちは菌類ウイルスが有する「非ドメイン型バイオポリマー」が鍵ではないかと考えています。今回、本領域の皆様方とこの一端を明らかにできればと思っています。

投稿者プロフィール

本田信治福井大学 学術研究院医学科
アカパンカビ研究者です。