四台の質量分析計:TOF から Orbitrap へ
東京大学医科学研究所・疾患プロテオミクスラボラトリーの秦と申します。本領域において、非ドメイン型タンパク質の質量分析を担当させて頂いております。
nanoLC-MS/MS システム(ナノ流速の液体クロマトグラフィーとタンデム型質量分析計を組み合わせたシステム)を用いたプロテオーム解析を始めたのは2004年頃です。現在までに計四台の質量分析計にお世話になっています。
当初、質量分析に関しては授業で習った程度の知識しかありませんでしたが、このシステムにおいてnanoLC が重要であるということに単純に興味を掻き立てられました。東大医科研に入所する前に製薬会社の分析研究室に所属していたため、液体クロマトグラフィーを日常的に使用しメンテナンスに関しても多少の知識は持ち合わせていました。nanoLC-MS/MS システムはその経験を生かせる好機であると感じ、本システムのスペシャリストになりたいと思いました。
その後、医科研執行部との面談を前に一晩考えたセリフは「プロテオーム解析技術を修得して、医科研の研究者の方々のお役に立つと同時にその技術をもって自分自身も医科研で生き残りたい!」というものでした。今、考えればたいした経験も実績もないのによく言えたとひやひやものですが、当時は自分を追い込むことによって必ず技術を修得したいとの一心でした。大変ありがたいことに、2006年、現所属である疾患プロテオミクスラボラトリーが新設され、その立ち上げメンバーとしてnanoLC-MS/MS システムを用いた研究を行うことができるようになり、現在まで継続してプロテオーム解析を行っています。
最初の質量分析計は Q-Tof2 (Waters 社、旧 Micromass 社) でした。これは、優れたイオン選択性を示す四重極型質量分析計 (Quadrupole Mass Spectrometer) と、イオンの飛行時間を計測することにより高分解能解析を可能とする飛行時間型質量分析計(Time of Flight Mass Spectrometry)をタンデムに組み合わせた装置です。高分解能を達成するためにはある程度の長さのフライトチューブが必要となることと、気温等の変動によってそのチューブが伸縮すること等が課題としてありましたが、このQ-Tof2 は伝説の名器として、プロテオミクスの発展に貢献したと言われています。
当時、産業技術総合研究所の夏目先生によると、このシステムのオペレーションのコツとトラブルシューティングを一言でいえば、F1マシーンを「町乗り」するようなもの(小田吉哉・夏目徹、2004年、「できマス!プロテオミクス」より)とのことで、国内では一部の研究室でのみ研究に値するデータを出すことができる状態でした。当初私のような初心者にこの装置を扱うことができるのかとても不安でしたが、新しい物好き、難しい物好きの妙な性格が功を奏し(?)、それ以上に当システムに関連する会社の方々の誠実な対応に支えられて、何とかその「F1マシーン」から振り落とされずに済むことができたのではと思っています。
二台目は QSTAR Elite (現 SCIEX 社)でした。システムの原理は Q-Tof2 と同様、四重極と TOF の組み合わせですが、スキャンスピードがより速くなった結果、同定できるペプチド数が増加し研究の進展に大きく貢献してくれたことを感謝しています。
三台目は LTQ-Orbitrap Velos ETD (Thermo Fisher Scientific 社) です。この装置は2010年に当研究室に導入され、現在も稼働する私の同志のような存在です。リニアイオントラップと Orbitrap を搭載しています。Orbitrap はフーリエ変換型の質量分析計ですが、電場型なのでサイズがとても小さく高分解能及び高質量精度解析が可能です。
下の写真が Orbitrap の模型です。模型は実際より一回り小さいそうですが(実際は500円玉ぐらいでしょうか?)その大きさを実感して頂くためのご参考となれば幸いです。(Orbitrap の模型に焦点を合わせたので白ぬけしてしまいましたが、100円玉は実物です。)
現在、四台目の Orbitrap Eclipse Tribrid を立ち上げ、使用しています。これは、2019年の JASIS (Japan Analytical and Scientific Instruments Show)における Thermo Fisher Scientific 社のブースで新製品として説明を受け「どうしても欲しい!」と思った装置です。上述の四重極、リニアイオントラップ、及び Orbitap を併せ持ち多くの優れた機能が搭載されています。この装置により、今まで感じていた課題の多くが克服できる可能性を感じました。とても高価なので半ばあきらめていたのですが、昨年、関係諸先生方のご尽力により、当システㇺを導入して頂きました。
未だ、当システムを完全に使いこなす段階には至っていないのですが、フィールドサービスの方のきめ細やかなサポートに支えられて、少しでも多くの操作技術とトラブルシューティング技術の修得を目指しています。
質量分析計の写真
1: Q-Tof2, 2: Q-STAR Elite, 3: LTQ-Orbitrap Velos, 4: Orbitrap Eclipse Tribrid
本年、「令和3年度科学技術分野の文部科学大臣表彰研究支援賞」を受賞することができました。ご指導頂いた先生方及びサンプル調製や情報解析に携わってくれている研究室のスタッフへの感謝の気持ちを忘れずに、新しい知見の創出に向けて本学術変革領域のお役に立ちたいと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。