私の構造生物学の始まり

理化学研究所生命機能科学研究センターの伊藤拓宏です。長らく研究の世界にいますが、実はこうした長めのコラム/エッセイを寄稿するのは初めてです。

構造生物学はその名の通り生物を原子レベルの立体構造から理解しようという学問です。私は学部生から大学院、ポスドクまではNMR法を、その後はX線結晶構造解析を、そしてここ4,5年はクライオ電子顕微鏡による単粒子解析を手法の基盤として研究を進めてきました。最近はクライオ電子顕微鏡によるトモグラフィー解析にも取り組み始めています。「流行りの手法・対象を追いかけているだけ」と後ろ指を指されそうなやり方ではありますが、「その時々の最先端の面白いことを明らかにすることが出来るから流行るのだ、仕方がない」と割り切っています。ただ、「いつか流行る前の先取りをしたい、そのためにはどうしたらいいだろう」という思いはいつも頭の中をめぐっています。今回は私の初エッセイの題材として、なぜ構造生物学を専門として研究を進めてくることになったのか、その始まり、というかその過程を振り返りたいと思います。

そもそも大学受験合格を目標に勉強していた頃には、物理学の研究者を目指していました。受験科目にも生物は使わなかったですし、高校1年生の時に高校生物の基礎を勉強しただけでした。だから今でも生物学の「基本」を知らないことがあります。でも、大学に合格して入学する頃には「理学部生物化学科に進学して、生物学の研究者になろう」って心変わりしていました。受験勉強を通して、世の中にはとてつもなく賢い人たちがいっぱいいることを知っていくうちに、どうも物理学の研究者として生きていくのは大変そうだ、って気が付いたんですよねえ。いや、生物学の研究者のほうがラクって意味ではありませんよ!でも、生物学は何らかの結果が出てくる実験科学の中でも個人の実験の量によるところが大きく見えて、自分でも何か面白いことが出来そうだ、っていうひらめきのようなものがありました。大学に入ってから、授業で生物学を履修して(その代わりに時間をいろいろと取られる図学・情報学を履修しなかったので、そのぶん部活動(剣道)に取り組めた)、特に分子生物学への理解を少しずつ深めていきました。運よく理学部生物化学科に進学しましたが、構造生物学への道へと進むことになった最大の岐路は、やはり4年次の所属研究室の選択です。

ショウジョウバエを用いた発生遺伝学の西郷研、分裂酵母を用いた遺伝学の山本研、構造生物学の横山研、免疫学と嗅覚系の神経科学に取り組んでいた坂野研の4研究室が選択肢にありましたが、最終的に横山研と坂野研のどちらにしようかで悩みました。両方の先生に話を聞いてみようということで、アポを取って教授室を訪ねたのですが、坂野先生にすっぽかされたんですよねえ...今となれば、大学の先生の忙しさもよくわかりますし、そういうこともあるだろうな、とは思います。でも、当時は、ちょっと坂野研に傾いていた気持ちがスーって消えていって、結局横山研に所属することになりました。

「なんて消極的な理由だ!」と、自分で思い返してみても引いてしまうくらいですが、人生ってそういうことの積み重ねなんだろうな、とつくづく思います。ただし、その後の自分の研究内容・活動については、いろいろと紆余曲折はしているものの、基本的にはやりたいことに取り組むことが出来ているかな、と思います。生物学と物理学、化学が入り混じってくる構造生物学は自分の思考・スタンスに非常にフィットしているのだと自己分析しています。そして、タンパク質や核酸の立体構造って単純に美しいですし、自分たちで決定した美しい立体構造が見事にその機能発現を説明できたときには、しびれるような快感を得られます。これまでの研究人生は満足度75%ってところです。残りの25%は「流行りの先取り」をできた時に満たされるのかな、と思います。皆さんに「そうやるかー、そこかー」って唸ってもらえるような研究を目指して、日々精進していきます。

記念すべき最初の原著論文。スプライシング因子のRNA結合ドメインの立体構造をNMR法で決定しました。

投稿者プロフィール

伊藤 拓宏
伊藤 拓宏理化学研究所生命機能科学研究センター チームリーダー
立体構造から生命現象を解き明かします。