トランスクリプトームからプロテオームへ
東大医科研の尾山です。今回の学術変革領域研究では、質量分析による分子修飾解析を担当することになりました。どうぞ宜しくお願いします。
非ドメイン型バイオポリマーなるものが、本領域が一丸となって取り組む解析ターゲットになりますが、私自身にとって「非ドメイン型」タンパク質との出会いはかなり昔に遡ります。大学院博士課程に在籍していた頃、ちょうどヒトやマウスの全長mRNAに関する大規模解析が国際的なプロジェクトとして行われていた時期で、大量のncRNAの存在などが次々と明らかになってきていました。当時はタンパク質をコードしないRNAが想像以上に多い、という衝撃の事実が様々な議論を呼んでいましたが、RNA配列中のタンパク質コード領域については情報科学的な推測に基づいて決定されているものが多く、生体内で実際に発現しているタンパク質の全体像に関する実験的な検証については、ほとんど手付かずの状況でした。
その頃、ナノ流速液体クロマトグラフィーからタンデム質量分析装置へシークエンシャルに分析試料を導入するnanoLC-MS/MSシステムが、プロテオーム解析の大幅な高感度化を可能にする画期的な分析プラットフォームとして実用化され始めたところでしたので、このシステムを用いて実際にヒト培養細胞内で発現しているタンパク質の中に、未知のタンパク質コード領域由来の翻訳産物がないかどうか解析を行ってみたところ、従来のコード領域とは異なる短いORF由来のペプチドが検出されてきました。これらの新規ORF由来のタンパク質は既知のドメイン構造とは無縁な「非ドメイン型」タンパク質だったのですが、今まさにこれらの分子群が注目すべき解析ターゲットであることを考えると、非常に感慨深いものがあります。
現在ではリボソームプロファイリング等の新たな技術も登場し、未知の非ドメイン型タンパク質をコードする可能性があるRNA配列領域がトランスクリプトーム中に数多く存在することが明らかになりつつあります。また、これまで進めてきた共同研究から、思いがけずHeroタンパク質やクマムシタンパク質などの新たな非ドメイン型タンパク質に遭遇する機会も得ることができました。本学術変革領域では、これらの正体不明(?)の魅力的な生体分子群における修飾動態の解析から、その機能的な役割に関する理論基盤に迫りたい、と考えています。5年間、どうぞ宜しくお願いします!
中高生によるプロテオーム解析施設見学の様子