脳内幸せホルモンが視えた 〜 オキシトシンを生きた脳内で捉える蛍光センサーの開発 〜

概要

 オキシトシンは、幸せホルモンとも称される脳内物質であり、われわれの豊かな感情や心身の健康において重要な役割を果たしている。しかしながら、生きた動物の脳内において、オキシトシンを感度よく捉えることは既存の手法では困難であり、オキシトシンが脳内でどのように作用しているかは、未解明のままである。

 最近、われわれは高感度な蛍光センサーを用いて、生きた動物の脳内からオキシトシン動態を計測する手法を開発した。これにより、脳内のオキシトシンを介した情報処理機構の基本的な理解が進むとともに、難治性の精神神経疾患の病態解明に新たな展開が期待される。本研究の成果は、2022年9月に米国の科学誌「Nature Methods」に掲載された。

 

研究の背景

 オキシトシンは幸せホルモンとも呼ばれる神経ペプチドであり、多様な生体機能制御に関与していることが知られている。”幸せホルモン”という名前が示唆するように、オキシトシンは脳内で分泌されると幸福感や愛情を引き起こすとされるほか、不安やストレスの軽減、食欲や代謝の調整など、われわれの日常生活において重要な役割を果たしている。また、オキシトシンの異常は、自閉スペクトラム症や統合失調症など、難治性の精神神経疾患との関連が報告されており、治療法開発の鍵として注目を浴びている。しかしながら、既存の手法では生きた動物の脳内からオキシトシンを直接測定することが難しく、「オキシトシンが脳内でいつ、どこで、どのように作用しているか」という基本的な問題は解決されていなかった。そのため、生きた動物の脳内からオキシトシンを直接測定する新しい技術の開発が強く求められていた。

 

研究の内容

 われわれは培養細胞を用いたスクリーニングにより、超高感度な蛍光オキシトシンセンサーであるMTRIAOTの開発に成功し、このツールを生きたマウスの脳に適用した。そして、様々な実験条件下で脳内のオキシトシン応答をリアルタイムで計測することに成功した。

 まず、細胞外のオキシトシンが結合することにより蛍光強度が大きく変化する蛍光センサーの開発を行った。センサーのデザインには、オキシトシンと結合する細胞膜タンパク質であるオキシトシン受容体と緑色蛍光タンパク質を組み合わせたキメラタンパク質を採用した。このキメラタンパク質センサーに順次変異を加えていくことで、最終的にはオキシトシンに対して最大約8倍の蛍光強度変化を示す超高感度蛍光オキシトシンセンサーMTRIAOTを開発することに成功した。

 その後、MTRIAOTをマウスの脳に導入し、様々な実験条件下で脳内のオキシトシン動態を計測した。この計測により、薬物投与や光刺激によって人為的に誘導された脳内オキシトシン上昇だけでなく、さまざまな外部刺激に応答する内因性のオキシトシン濃度制御も観測された。今回の計測結果からは、刺激の種類に応じて秒単位、分単位、時間単位などの異なる時間スケールで脳内のオキシトシン濃度が変動しているという予想外のシナリオが明らかになった。

 

本研究成果の意義

 今回の超高感度蛍光オキシトシンセンサーMTRIAOTの開発により、生きた動物の脳内からオキシトシン濃度の変動をリアルタイムで計測することが可能になった。本研究では限られた実験条件下で脳内オキシトシン動態の計測を行ったが、オキシトシンとの関連が示唆される生理機能や病態の多くが未解明のままである。今後、この手法は広範な研究分野に応用されることが期待される。特に、オキシトシンは自閉スペクトラム症や統合失調症などの難治性疾患の治療において重要な鍵とされており、このツールの活用により病態の解明や治療薬の開発が大きく前進することが期待される。さらに、オキシトシンは内耳や眼などの感覚器官、腎臓などの末梢組織でも重要な機能を果たしていると考えられており、脳以外の臓器間の相互作用シグナル研究にも大いに貢献する可能性がある。

 

 

図 本研究の概要

研究分野における課題(左)と本研究におけるアプローチ(中央、右)を示している。本研究では、オキシトシンが脳内でどのように働いているかを明らかにすることを目指し、生きた動物の脳内においてオキシトシン動態を経時的に計測できる新規技術を開発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投稿者プロフィール

西山 正章
西山 正章金沢大学医薬保健研究域医学系 教授
海と山に囲まれた金沢は四季の変化が鮮やかな街で、(研究の合間に)ジョギング、釣り、登山、スノーボードなどのアクティビティを楽しんでいます。