ご挨拶と論文発表のよもやま話
本年度より非ドメイン生物学の公募班に参加させていただきました、東京大学の越阪部晃永と申します。本領域の発足からノンドメインブログの一読者として、皆様の投稿をとても楽しく拝読していましたが、今度は書く側となり大変光栄に思っております。とはいえ、何を書こうか、皆さんが書かれているような実験のTipsなども持っていないし(僕のやってることで面白いと思われる様な実験の工夫はありますかね?と学生さんに聞くほどです。。)、さて困ったなと悩んでいたのですが、最近論文が掲載されたので、そこに至るまでの経緯について普段書く機会がない思い出話とともにブログに投稿させていただきます。
今回掲載された論文は、シロイヌナズナで同定されたクロマチンリモデリング因子DDM1がどの様にしてトランスポゾン上の抑制型エピゲノム修飾の維持に関わるか、その分子機構をクライオ電子顕微鏡による構造解析等で明らかにしました、といった内容になっています。DDM1はそのDecrease in DNA Methylation 1という名前にある様に、DNAメチル化が減少する変異体の原因遺伝子として今から30年以上前にシロイヌナズナを用いた遺伝学的なアプローチによって同定されたものです。その後の解析によりDDM1はクロマチン構造変換活性をもつタンパク質をコードし、DDM1のクロマチン構造変換活性がトランスポゾン上の抑制型エピゲノム修飾の維持に必須であることが示唆されていたのですが、どうやってDDM1がDNAのメチル化修飾の維持に関わるかその分子機構が長年の謎とされていていました。研究成果の概要は大学のプレスリリースで説明させていただきましたので、ご興味のある方は読んでいただけると幸いです。
私がDDM1を対象とした研究を開始したのは、ポスドクを初めてしばらく経った2018年ほどからになります。ポスドク前は、ヒストンバリアントを含むヌクレオソームの形成機構解明などをテーマに早稲田大学(当時)の胡桃坂研究室にて試験管内再構成系を用いた生化学や構造生物学的手法を駆使した研究を進めていましたが、個体を使ってヒストンバリアントが生体内でどの様に機能するかを知りたいと感じ、植物由来のヒストンバリアント研究を展開していたグレゴール・メンデル研究所のFrederic Bergerラボに2016年から参加しました。ポスドクのテーマの一つとして「種子植物特異的ヒストンH2AバリアントH2A.Wのトランスポゾン集積機構に関わる因子の探索」を進めていたのですが、H2A.Wに結合する因子の候補として上述のDDM1がヒットしました。話がそれますが、H2A.Wの名付け親であるFredにH2A.Wの“W”の由来を聞いたのですが、染色体番号や機能に由来するものではなくシンプルに“Wonderful”だから、という衝撃的な理由でした。とにかく、DDM1がH2A.Wに結合する因子として見つかったので生化学やゲノミクスを進めたところ、DDM1は確かにH2A.Wをトランスポゾンに集積するのに必要だという結果が得られました。それらの結果を、5年前にたまたまサヴァティカルでグレゴール・メンデル研究所を訪問されていた角谷先生にお見せしたのですが、先生の表情が一変したのを鮮明に覚えています。というのも、角谷先生は冒頭で触れたddm1変異を発見した研究グループの1人で、DDM1のトランスポゾン抑制に関わる分子機構は全くわかっていなかったからです。これがきっかけで角谷先生と共同研究を開始し、最終的に交配植物を用いた遺伝学的なアプローチ等を行うことでDDM1によるH2A.Wを利用したトランスポゾン鎮静化という新規機構を見出すことに至り、その内容を論文として発表しました。
今回の論文は、H2A.W (Fred) を含むヌクレオソームとDDM1 (角谷先生) との複合体の立体構造をクライオ電子顕微鏡による単粒子構造解析 (胡桃坂先生) によって明らかにした内容になります。学生時代から現在に至るまでお世話になった3人の先生方と一緒に1つの論文として報告できたことから、私にとって今回発表した論文はとても思い出深いものとなりました。この場を借りて、本論文に携わった共著者の皆様に感謝申し上げます。ちなみに、今回の論文のプロジェクトは、角谷先生のサヴァティカル中に学会のトランジットでウィーンに寄られた胡桃坂先生とFredと私の4人で研究所近くのレストランでランチした時に提案して開始したものですが、そのランチが現在角谷研究室で研究を進めている契機にもなりました。ひょんなことから思いもよらない方向に展開するものだと、改めて思いました。
さて、本領域ではDDM1の機能喪失で脱抑制されるトランスポゾンがコードするタンパク質に着目した研究を推進しています。領域への参加を通して、自身の研究の発展だけでなく、新たな出会いや新しい共同研究が生み出されるのを、とても楽しみにしています。本年度から2年間、どうぞよろしくお願いいたします。
本論文の内容と全く関係がないのですが、写真の建物はグレゴール・メンデル研究所ちかくにあったベルヴェデーレ宮殿です。普段は観光客で賑わうエリアなのですが、撮影当時はコロナ禍で入国規制があったため、敷地内にほとんど人が居なかったのをよく覚えています。