三つ目の非ずもの
大阪大学の廣瀬です。非ドメイン型の非コードRNAによる非膜オルガネラの形成メカニズムを研究しています。ご覧の通り、私の研究には三つの「非(あら)ずもの」が含まれています。それぞれの「非ずもの」は、従来の生物学の常識にはそぐわないものとして出現してきた経緯があります。それにしても、「非ずもの」が三つにもなると、これはもはや偶然ではなく、私の嗜好性がそうさせているのに違いありません。
2005年頃、突然目の前に現れたタンパク質をコードしない非コードRNA群こそが、私にとっての最初の「非ずもの」との遭遇でした。それはちょうど自身の研究室を立ち上げようとしていたタイミングでした。ただ具体的に、これまで見たこともない「非ずもの」を実感したのがNEAT1でした。細胞内顆粒のパラスペックルがRNAを骨格にして作られている事実は、まったくもって新鮮な感覚でした。
常々パラスペックルの壮大さを伝えたいと思っているのですが、周囲に実感してもらうことはなかなか難しいようです。「リボソームの1,500個分もあるRNPがNEAT1上に作られるんです」、これがいつもの決まり文句なのですが、イマイチな表現だといつも思います。その壮大さを生み出すメカニズムとして浮上してきたのが相分離でした。いくつもの液滴が融合しながら浮かんでいるイメージは、これまでのオルガネラのイメージを一新するものでした。これが第二の「非ずもの」との遭遇で、非膜オルガネラの骨格として非コードRNAが相分離を誘発しているという発見で、NEAT1はいつしか偉大な「非ずもの」へと変貌していきました。
そもそもNEAT1は細部に至るまで「非ずもの」です。mRNAと同じようにPol-IIで転写されるのに、スプライシングされない、ポリA鎖付加されない、核から出ない、というように、mRNA成熟経路からことごとく逸脱した振る舞いをします。近頃思うに、NEAT1と一番似ているのは、スプライシング受けていない未成熟なpre-mRNAなのではないか、つまりNEAT1とは、成熟しないまま大人になって成功を収めてしまった風変わりなRNAなのかもしれません。
さて、この学術変革領域では、NEAT1の三つ目の「非ずもの」、非ドメイン性について取り上げます。実は最近NEAT1の機能ドメインについての論文を発表したばかりです。それにも関わらず非ドメイン性とは、この変わり身は速さはどうでしょうか。NEAT1の非ドメイン性とは、パラスペックルのミセル構造に導くためのNEAT1のファジーな性質、NEAT1上に緩やかに配置された親水性と疎水性ブロックの組み合わせをイメージしています。ただ非ドメインとはいえ、それが正しく働くためのルールが存在しているはずです。また形成されたミセル構造は、パラスペックル機能にとって必然的な構造であるはずです。そうした点が明らかになったとき、三つの「非ずもの」が連なる真の意味が見えてくるに違いありません。
私にとって、研究する上で「手垢がついていない」という感覚がとても大切で、それが「非ずもの」への嗜好性につながっていると思われます。こうした嗜好性は、長い時間に蓄積した経験が複雑に絡みあって表に滲み出てくるようなものなのだと思います。特にそれは、研究を始める以前に吸収したことが大きく影響しているようにも思います。ヘビメタ世代なのにオルタナロックを聞いていたとか、映画が大好きなのにハリウッド映画は見ないとか、千葉県出身なのにTDRには行かないとか、そういうなんでもないことが現在の嗜好性につながっているかもしれません。ただ、そもそも各場面で何を選択するかの本質はこうした経験だけでは説明できない気もしています。そう言えば、最近中学生になった息子が「オレはみんなと一緒なのが嫌なんだよ」と口走っているのを聞いて、「非ずもの」への嗜好性はheritableなものらしい、と思い当たりました。
RNAはいかにして境界を形成するのか?