楽観的に

本領域で分子シミュレーションを行なっている長浜バイオ大学の依田と申します。よろしくお願いします。 2021年の12月27日にこの記事を書いています。外は雪。すぐ近くの彦根市では国道でトラックが立ち往生し、渋滞になっていると報道されています。滋賀県北部に18年いますが、その間では最大の積雪です(写真は近くの神社に一日で積もった雪の様子)。

私が分子動力学シミュレーションを使い始めたのは博士課程在学中のことですが、当時所属していたのは実験のラボでしたので、シミュレーションをやるようにと指導教授に言われた時は少し驚きました。しかし、結局その後も蛋白質の折れ畳みやペプチドの機能に関わるシミュレーション研究に携わり、今に至ります。

私が学位を取得したころは、計算機の能力がまだ小さく、普通の蛋白質の折れ畳みの自由エネルギー地形を分子動力学シミュレーションで得ることは困難でした。そこで、その業界のシミュレーション屋は特定の立体構造へ折れ畳まれるペプチドに注目して計算をしていました。実際にペプチドの折れ畳みシミュレーションをやってみると、β-ヘアピンになるはずの分子がヘリックスになるというような、全原子力場の精度(個性?)の問題があると分かりました。蛋白質の折れ畳まれた天然状態を探索するだけのシミュレーションを行う分には問題なかったのですが。

その後、ポリペプチド鎖の主鎖と側鎖の捻れ角のパラメータなどが劇的に改善され、研究に使いやすくなりました。しかし、天然変性蛋白質や蛋白質間相互作用の研究に全原子シミュレーションが多く活用されるようになると、今度は変性状態の蛋白質がやけにコンパクトな形になるとか、蛋白質複合体がやたら安定になるということが問題となってきました。これを解決するため、数年前から力場改良ラッシュの様相を呈しています。それでも、近年出版された報告によれば、そうした新しい力場を用いた蛋白質のシミュレーション結果にも、力場依存性が結構あるようなのです。最新の力場の一つを使って私たちが試しに行ったペプチドのシミュレーションでも、実験値をかなり上回る量のα-ヘリックスの形成が観察されました。外部資金の申請書には「全原子力場を使用することにより精度の高いシミュレーション結果を得ることができる」のように書いたりしますが、力場依存性の問題は実は解消されていないのです。多分、私たちは十分に精度の高い力場を未だ手にしてはいないのだと考えられます。

とはいえ、私は少々楽観的に構えています。確かに、シミュレーションで観察される全てが実験と一致するということは無いでしょう。シミュレーションを生体分子研究に活用する際には謙虚さが必要です。それでも、シミュレーションのやり方を工夫したり実験の研究者と協力したりして、現実の生体分子の性質に近づくことは可能なのではないか、とも思うのです。

色々あった(そういえば、オリンピックもありました)2021年がもうすぐ終わります。来年もよろしくお願いします。皆様、良い年をお迎えください。

2021/12の雪

投稿者プロフィール

依田 隆夫長浜バイオ大学 准教授