「これは液体だったのか」という衝撃
この度公募班に採択いただきました自然科学研究機構生命創成探究センターの椎名伸之と申します。私たちの研究グループでは、ニューロンのRNA顆粒によるmRNA輸送、局所的翻訳、またその制御を介した学習・記憶について、マウスを用いて研究を行っています。RNA顆粒に局在する構成タンパク質RNG105(別名caprin1)を発見したのが2000年頃ですので、かれこれ約20年に渡ってこの分野の研究に携わっていることになります。
研究を始めた当初、RNG105-GFPを細胞に発現すると細胞質に塊を作り、それがダイナミックに変形する様子が見て取れました。それはあたかも膜オルガネラのようであり、免疫電顕でRNG105が濃縮する付近の膜を散々探し回っていました。しかし、それらしい膜は一向に見つからず、分かったことはRNG105が濃縮した辺りには何故かリボソームが多いということだけでした。その後偶然に、非常によく似た電顕写真を神経RNA顆粒の論文(Knowlesら、1996年)に見つけた時に、ようやくRNG105がRNA顆粒と繋がったのです。
その当時、ニューロンの樹状突起で局所的翻訳が起きていることを示すためには、突起を細胞体から切り離してもなお突起内で翻訳が起こることを可視化する実験が流行っていました。私はニューロンにRNG105-GFPタンパク質を発現し、その上で突起を切り離してイメージングするという実験にトライしていましたが、非常に困難を極めていました。切り離した途端、RNG105が局在する顆粒は瞬く間に消失してしまうのです。おかしいとは思いながらも、切断による細胞質の流出がニューロンに相当ダメージなのではないかと、あまり深く考えずにいました。
その後、今度はRNG105-GFPを発現した細胞に、マイクロインジェクションする実験を行った時のことです。針を刺した途端、またもや瞬時にRNG105の顆粒は消失してしまいました。特にRNG105が細胞外に流出した様子もないのに、です。こんなにも脆い構造体がどうやって顆粒を形成しているのか、明らかに何か謎があると考えるようになりました。間もなく、線虫のP顆粒が液体の性質を持つという論文(Brangwynneら、2009年)を見た時、「そうか、液体だったのか」という衝撃と共に、とても腑に落ちる実感がありました。RNG105が局在する顆粒が瞬時に消失したのは、液-液相分離の平衡状態の崩れによる溶解(dissolve)だったのです。この経験を元に、液-液相分離の指標となる膜透過アッセイを開発・発表し(Shiina、2019年)、RNG105は他のRNA顆粒タンパク質よりも非常に液相性の高い顆粒を形成することも見出しました。
この研究分野は、今後も「そうか、そういうことだったのか」という経験が何度も起こる分野だろうと予想しています。まだ謎の多い「構造を持たない生体高分子」の新しい展開を、私たちのグループは天然変性領域(IDR)、液-液相分離、および高次脳機能の観点から目指したいと考えています。どうぞよろしくお願いします。
写真は、マウス脳の海馬ニューロンの樹状突起に局在するRNA顆粒(緑:RNG105)。