非常識な常識
気がついたら学生実習でピペットマンを初めて握ってから30年以上の月日が経ち、ルーチンの作業に関してはもう一通りのことは知った気になっていましたが、実験というのは奥深いもので、え、そうだったの?とか、へー、そんなやり方があるんだ、ということに今だにしばしば出くわすのが、研究の一つの醍醐味です。だいぶ前、廣瀬研の川口さんが使っていた「川口スペシャル」を知ったときには、一体長年やってきたRNA-FISHは何だったんだと、まさに目からウロコでしたが、こちらの非常識があちらでは常識であったり、あるいは普段なんでもないと思ってやっていることが他所で大変重宝されたりというのは、よくあることかと思います。ということで、もしかしたら役に立つかもしれない「私のちょっとした実験ハック」を、本領域の班員の皆様にシリーズで紹介していただこうかなと思っております。
所変われば品変わる。遠い昔になりますが、ポスドク先でびっくりしたのが、凍結切片用のブロックの作り方です。学生時代のラボのやり方は、アルミホイルで作ったmoldに一個づつサンプルを入れ、発泡スチロールに薄く液体窒素を敷いたところに置いて一気に凍らせる、というものでした。液体窒素を注ぐとシュワワー、と蒸気が立ち上るのがなんとも妖しげな非日常感にあふれていて、マッドサイエンティスト気分を味わえるのはいいのですが、その後の切片取りの時間は緊張の連続。切片がでてきてもそのままだとくるりと丸まってしまうので、先細の絵筆で切片を抑えつつ、アンチロールプレートと格闘しながら、まるまる前にエイヤッとスライドガラスに切片を拾うわけです。その早業をいかにスムーズにやるかというところが腕の見せ所で、修士博士の5年間ひたすら凍結切片を作っていた僕は、自分なりのコツをつかんでいたつもりでいました。
ところが、です。留学先のラボのポスドク達は、どんな魔法を使っているのか、まるでパラフィン切片のようにまっすぐに伸びた連続切片を作って、ずらーっとスライドグラスに貼り付けているではありませんか。しかも、embryoを5,6匹一つのモールドに入れているので、4枚の連続切片を取るだけで24倍速!凍結切片作りといえばクライオスタットに予約を入れて丸1日、サンプルが多ければ2,3日かけてやるものと思っていましたが、1時間もかからず切片作りを終えてるのを見て、本当にぶったまげました。
で、何が違うかというと、液体窒素で凍らせるのではなく、ドライアイスの上に鉄板を置いて、その上にmoldを置いている、ただそれだけでした。
そうするとゆっくりと下から凍っていくので結晶の方向が揃う、のかどうか、そのへんのメカニズム良く分かりませんが、ほとんどカールすることなく、スーッと切片が出てきます。
こちらは液体窒素で急速に凍らせるのが一番と思っていたので、こんなやり方じゃ凍るのが遅いし、組織像はぼろぼろなんだろう、ここで5年間鍛え込んだ技を見せてやる!と意気込んで自分のやり方で作った切片と比較してみたのですが、結果はまさに完敗。やはり連続で切片を取れるということころが大きくて、ピシッ!と伸びてシワのない切片がずらりと並んだサンプルを見て、ああ、あのマッドサイエンティスト気分で満悦していた時間は何だったんだと、、、
それ以来、凍結切片づくりは、ちょっとハードルが高くて気合の入る実験から、鼻歌交じりにササッと終わらせる楽ちん実験に様変わり。サンプルを集めてから結果が出るまでの時間が大幅に短縮されました。凍結切片作りは奥が深くて、まだまだ改善できるところはあるかと思います。そういえばこれまた廣瀬研の二宮さんから、帯電防止サンダルいいですよ、という話を聞いて導入したら、冬場の乾燥時に静電気で切片があらぬ方向に吹っ飛んでいくトラブルがだいぶ減った、なんてこともありました。常識が変わる瞬間。まだまだたくさん訪れそうです。
投稿者プロフィール
最新の投稿
- ノンドメインブログ2024.09.17奇遇癖
- ノンドメインブログ2024.05.03The times they are changing’
- ノンドメインブログ2024.03.12続・4.5SHは蜜の味(6)最終章
- ノンドメインブログ2024.03.12続・4.5SHは蜜の味(5)謎解き