RNA学会・核酸化学会・分子生物学会の印象及びインセルNMRでダイナミクスに迫る

 京都大学エネルギー理工学研究所の片平です。本学術変革領域研究の班員のかなりの方が日本RNA学会に所属して、同年会で発表されるのかと思います。核酸に関係した学会としてはもう一つ日本核酸化学会があり、ISNACという名の年会を国際会議の形式で毎年開催しています。どちらも核酸を主題として扱う学会ですが、両方に参加されている方は意外な程少数かと思います。私は両年会に参加する年が多いのですが、両学会のカラーはかなり異なります。ISNACはスーツ・ネクタイの参加者が多く、質疑応答も厳しめの印象です。RNA学会は夏に開催という事もあってラフな格好の参加者が多く、質疑応答も和気あいあいといった印象です。私の研究キャリアはISNACで鍛えられるところからスタートし、その後RNA学会の発足と共に同学会にも参加し、その興隆を身近で感じてきました。両学会の良き個性が今後も失われないと良いと思います。私はこれからも両学会に参加する予定です。

 もう一つ印象深い学会が日本分子生物学会です。年会の参加者が非常に多く、科学の世界における競争の厳しさを直に体感させられます。昼食時間に大混雑が生じ、食事にありつくのに苦労する様は正に生存競争です。厳しさを実感して自らのねじを巻くには最適な学会だと思って毎年参加しています。

 さて、我々は特定の核酸(RNAとDNA)分子あるいはタンパク質分子をヒトの生細胞に導入し、細胞ごとNMR装置にセットする事で、生細胞中の特定の生体分子のNMRシグナル(インセルNMRシグナル)を直接観測し、当該分子の構造、ダイナミクス及び相互作用を解析する事を行っています。最近得られた研究成果(Yamaoki et al., Nature Communications, 2022)を以下に紹介します。

 

1.背景

ヒトの生細胞中にはタンパク質、核酸等が1 L当たり400 gも詰まっており、とても混み合っています。一方、通常の実験は試験管中の希薄な水溶液下で行われるため、生細胞中における生体分子本来の挙動を見誤ってしまう恐れがあります。我々は2018年に、ヒト生細胞中の核酸のNMRシグナルを直接観測すること(インセルNMR法)に世界で初めて成功しました。これを契機として、インセルNMR法を用いて生細胞中における核酸の構造を解析することが世界的に盛んに行われてきました。一方、遺伝子の発現は、核酸の構造のみならず塩基対の開閉挙動のようなダイナミクスの影響を受けます。しかし、生細胞中における核酸のダイナミクスに関する情報はこれまで得られていませんでした。本研究ではインセルNMR法によって、この点に光を当てました。

2.研究手法・成果

 我々が開発した、ヒト生細胞中の核酸に関するインセルNMR法を駆使することで、塩基対の開閉のダイナミクスに関する情報が得られました。塩基が有するイミノプロトン(NH)は、塩基対が開いた時のみ溶媒の水のプロトンと化学交換します。この性質を利用して、化学交換の速度をインセルNMR法によって求めることで、塩基対が開く頻度を決定しました。その結果、核酸の塩基対は、ヒト生細胞中においては試験管中よりも頻繁に開くことを見出しました(図)。すなわち混雑した生細胞中と希薄な試験管中とでは、核酸のダイナミクスに違いがあることが明らかとなりました。さらに、核酸と細胞内のタンパク質との非特異的な相互作用がこの違いを生み出していることも分かりました。

核酸の塩基対が開くことは、立体構造が別の構造に遷移したり、特異的なタンパク質がこの核酸を認識するきっかけとなります。従って塩基対が頻繁に開くことは、遺伝子の発現、ひいては様々な生命現象に影響を与えている可能性があります。生細胞中の核酸のダイナミクスに今回初めて光が当てられ、試験管中におけるダイナミクスとの違いが示されたことは、生細胞中における基本的な生命現象の理解の一助となると考えられます。また、生細胞中においては塩基対がこれまで考えられていたよりも頻繁に開くことが分かりましたので、開くことで露出する塩基を標的とした低分子化合物を開発し、遺伝子の発現を調節する薬剤として機能させるという戦略も今後は考えられます。今回の知見は、RNAワクチン等の核酸医薬を開発したり、その動作原理を理解する際に考慮すべきポイントとなります。

図 4重鎖核酸構造のコアを形成するグアニン-テトラッドにおけるG:G塩基対は、生細胞中においては試験管中よりも頻繁に開く事が分かった.