クマムシFAQ

 

本領域のテーマである「非ドメイン型タンパク」は極限環境生物クマムシで多くみつかっている。最近では知名度も上がってきているが、馴染みのうすい生物なだけあって誤解も多い。ここではいくつかよくある質問 (FAQ)にお答えすることで、そんな誤解を解いておきたいと思う。

Q1. クマムシって、「あったかいんだからぁ」の人でしょ?

A1. ネタ元の生き物がいます。

お笑い芸人「クマムシ」の名前は、過酷な芸能界を長く生き延びられるように、と、宇宙空間への曝露を含む過酷な環境に耐える最強生物クマムシにあやかってつけられたそうだ。

クマムシは緩歩動物門 (Tardigrada) を構成する生物の総称で、これまでに1300種が記載されている。例えば、我々人類は他の哺乳類・爬虫類・鳥類・魚類などと共に「脊索動物門」を構成するので、実は巨大な分類群だ。基本的に体長1mm以下の顕微鏡を使わなければ見ることのできないサイズで、大きなツメを携えた8本足でヨチヨチと歩く。頭部には眼点を持つ種もあり、そのつぶらな瞳にはスープのような暖かみを感じるかもしれない。(ページ上部のヤマクマムシ - Hypsibius exemplaris の動画をご覧あれ)

 

クマムシは苔などの身近な環境に住み、表面に水の層をまとって生活しているが、周囲の環境が乾燥するとほぼ完全に脱水し、乾眠という状態に入り、生命活動を停止して「モノ」になる。「モノ」である石ころが風雨や暑さや放射線などにへっちゃらであるように、この状態のクマムシはあらゆる過酷な環境(ヒト致死量1000倍の放射線など)に耐えることができる。

Q2. 知ってる!151°Cの熱にも耐えられるんだよね!

A2. 最新の知見では100°Cくらいが精一杯です。

乾眠状態のクマムシの耐性はさまざまな人が過去一世紀にわたり多くの実験を重ねている。例えば、クマムシがほぼ絶対零度の凍結に耐えられるという報告は、放射能の単位名としても著名なアンリ・ベクレルの甥、ポール・ベクレルが1950年に報告している。しかし、解析の手法の精度などのために、こういった情報は新しいデータを参照した方が良い。

クマムシが151°Cに耐えられる、というデータは、1923年に書かれたGilbert Rahmというドイツの動物学者の論文が元になっている。このドイツ語で書かれた34頁の論文(というより研究日誌に近いような内容)を読み解くと、Rahmは1ヶ月ほど部屋で乾燥させた苔を、まず-190°Cで5時間冷やし、140°Cに熱したオーブンに15分置き、取り出した。この時のオーブンの温度が151°Cになっていた、と書かれている。水に浸して翌日、翌々日観察したところ、動くクマムシが見られたとある。この実験では苔ごと処理していることに注意が必要である。苔に水分が残っているなら、苔自体の温度は100°Cを超えなかった可能性があるのだ。

最近の直接クマムシ自体の熱処理を行なった研究 (Hengherr et al. 2009)では種によって多少差があるものの、1時間の熱処理において100°C前後がおおよその限界であることが示されている。よって、クマムシの熱耐性の上限は151°Cではなく100°C前後、という認識が正しい。月の表面温度は太陽光が直接当たる時間には100°Cを超えることもある。こういう環境では乾眠したクマムシであっても、長期に渡って生存することはおそらく困難だ。

 

Q3. でも100°Cでもすごいよね。トレハロースのおかげなんでしょ!

A3. クマムシはトレハロースではなく「非ドメイン型」タンパクを使います!

乾眠はクマムシの専売特許ではなく、シーモンキー(アルテミア)やネムリユスリカなどの節足動物や、ワムシやセンチュウ、酵母やバクテリア、さらにはいくつかの植物など、幅広い生物に見られる特殊能力だ。おそらく、次の水場を移動して探すのが物理的に困難な環境や生物(サイズが小さいなど)は、その場に留まって耐える能力を身につけるしかなかったのだろう。

確かに、アルテミアやネムリユスリカの乾眠にはトレハロースが重要であることが明らかとなっている。これらの生物では、周囲の環境が乾燥してくると体の中で大量(乾燥重量の20%も!)の糖、トレハロースを合成して、体を水飴のようにして固めて乾燥から守っていると考えられている。

一方、クマムシでは乾眠状態でもトレハロースが微量にしか計測されないか、あるいは全く計測されず、合成遺伝子すら持っていないことなどが明らかとなっている(例えば、またしてもHengherrらの仕事)。

代わりに、クマムシは独自の「非ドメイン型」タンパクを活用して乾眠を実現しているのだが、詳しくは本領域の成果などをご覧いただきたい。

 

Q4. なるほど、でもその「非ドメイン型」タンパクもトレハロースのようにガラス化することが大事なんだよね?しかも水平伝播で別の生き物から遺伝子を取り込んで強くなるんだよね?

A4. 大規模な水平伝播もクマムシ特異的タンパクのガラス化も、未熟なデータの扱いによる誤報です。

クマムシゲノムに大規模な水平伝播が見られる、という2015年の論文も、クマムシ独自のタンパクがガラス化して細胞を守るという2017年の論文も、アメリカのBoothbyという研究者の仕事で、センセーショナルな内容なだけに大きな話題になり、各種メディアに取り上げられた。宇宙SFの王道スタートレック:ディスカバリーに物語の鍵となる宇宙クマムシが登場するが、その能力の背景として「水平伝播」が説明に使われたり、なんと生物学の教科書として定評のある「キャンベルの生物学」でもコラムとして取り上げてしまっている・・・!

しかし現実はなかなかお粗末なもので、この仕事はゲノム解析時に微生物のコンタミネーション(クマムシのDNAに微生物のDNAが誤って混ざってしまったこと)により、クマムシゲノムとして報告した配列の実に3割もの配列が微生物のDNAであり、もっとも長い11本の配列も全部微生物ゲノムだったものを、「水平伝播」と勘違いした結果だった。この「誤り」は多くの研究者によってその後指摘されているが、私も即座に反論論文を書いた。悲しいことにインターネットでは先に広まったセンセーショナルな誤った情報ほど、後に続く正しい情報は広まらない・・・。

ガラス化の議論も同様で、これも誤ったデータの解釈によるものだ。こちらも私が即座に反論論文を書いたのだが、雑誌の編集部が公開を遅らせるなどの姑息な手段を取り、出版が大きく遅れた。少しずつ、この件についても他の研究者の反論論文が追随してきている。

本研究領域での研究の発展によって、誤った知識の広がりを止められることを願う。

 

Q5. クマムシをもっと愛でるにはどうしたらいいですか?

A5. 身近な生き物なので是非自分でも探してみてください!

クマムシはあなたの家のまわりにも必ずいると言い切れるくらい、身近な生き物だ。私たちが学研さんと共同開発したクマムシ観察キットが発売されている (ミクロモンスター LED内蔵ズーム顕微鏡&調査キット)。このキットに含まれるブックレットでクマムシの見つけ方ガイドも説明しているので、お子さんの次の夏休みの自由研究にいかがだろう。

荒川のYoutubeチャンネルでクマムシの動画をたくさん上げているので、休憩時間にかわいらしく歩くクマムシを見て心を和ませていただければ幸いである。

そして、私が監修したリアルなクマムシぬいぐるみも好評発売中なのでご興味があれば是非・・・!

 

投稿者プロフィール

荒川 和晴
荒川 和晴慶應義塾大学先端生命科学研究所 准教授
《最強生物クマムシ》と《最強素材》クモの糸の解析から「生命とは何か」を解き明かす。