セレンディピティの計画的創出?

典型的な非ドメイン型バイオポリマーであるHeroタンパク質は、全長に渡って構造を取らないと予測される超天然変性タンパク質群であり、ほかの「クライアントタンパク質」を保護する活性を持っていると考えられていますが、その分子メカニズムや生理機能はほとんど何も分かっていません。この学術変革領域研究における様々な連携を通じて、ぜひそこに切り込んで行ければとワクワクしています。

そもそも小分子RNAの生化学的メカニズムの研究をしていた私たちの研究室が、なぜHeroタンパク質のような変なタンパク質の研究に手を出すことになったのか、その紆余曲折の顛末については、論文の筆頭著者である坪山さん(現在 ノースウェスタン大学ポスドク)による手記に詳しく書かれています。

ここにあるとおり、小分子RNAのパートナータンパク質であるArgonauteについて、ひたすらねちっこく掘り下げる研究をしていなければ、私たちがHeroタンパク質の存在に気づくことはなかっただろうと思います。また、坪山さんだけではなく、精製したArgonauteタンパク質をビーズから溶出する活性をたよりに初代「へろへろくん」を見つけてくれた岩崎さん(現在 理研主任研究員)、その際に細胞抽出液を煮沸してみたらと岩崎さんに提案してくれた岩川さん(現在 当研究室講師・来春独立予定)、病原性タンパク質凝集に対する作用に目を向けさせてくれた松浦さん(現在 理研研究員)など、色々な人が同じ研究室にいて、普段からたわいもない話をしていたからこそ、Heroタンパク質の研究が思いもよらず面白い方向に進んで行ったと言えます。

同じようなことが、生殖細胞ゲノムをトランスポゾンから守るpiRNAの3’末端を削り込んで成熟させるエキソヌクレアーゼ(Trimmer)活性の発見の際にもありました。詳しい経緯は、 河岡さん(現在 東北大学・京都大学准教授)による懐かしの「カイコドラマチック」に書き残されていますが、この、細胞破砕液を遠心もせずに汚いまま反応液に入れる、そして、本来ならば捨てるはずの「ペレット」画分を再懸濁して使う、という常識外れな発想も、日常の何気ない会話から生まれたものでした。

これがブレークスルーとなり、その後のTrimmerの同定、そしてZucchiniの分子機能解明というpiRNA経路の生化学的解析の進展につながりました。また今では、piRNA研究の優れたモデルとして世界中でカイコBmN4細胞が使われていますが、そもそも、私たちの研究室に河岡さんがやって来てBmN4細胞を使った生化学的解析をはじめることになったのも、学内の研究交流シンポジウムでたまたま(?)岩崎さんに出会ったということがきっかけだったようです。

今から思い返せば、これらの出来事は「セレンディピティ」と呼べるものかもしれません。しかしそれらは、決して誰かが単独で引き起こしたものではなく、様々なバックグラウンドを持ち個性あふれる人々が、同じ時期に同じ空間に集い、日々ざっくばらんにコミュニケーションをとっていたからこそ、起こりえた幸運だと言えます。その意味では、研究室の中での普段の何気ない会話の中や、学会や領域会議などでのコーヒーブレークの間のちょっとした議論の中こそ、セレンディピティの種がゴロゴロと転がっているのだと思います。そして、とりあえず気軽な気持ちでやってみよう、やってみなければ分からない(YMW)、というフットワークの軽さと自由度が、その種を育てるための一番の近道なのかもしれません。

セレンディピティそのものを計画的に創出することは簡単ではありません。しかし、セレンディピティにつながるコミュニケーションの機会や、その風土は、意識的に作ることが可能です。本学術変革領域研究は、そのための絶好の場になってくれるものと、大いに期待しています。

煮沸された細胞抽出液

細胞抽出液 → 煮沸 → 遠心 (9割以上のタンパク質は変性して沈殿。上清にHeroタンパク質が多数含まれる。)