The times they are changing’

研究業界ってサザエさんみたいなところがあって、やっている研究内容は変わってもラボに来て帰るという意味では同じ日常が繰り返されるので、自分の中では助手になった頃からずっと時計が止まっているような気がしています。とはいえ、実年齢だけはしっかり重ねているのは間違いなくて、初めてピペットマンを握ってからはや30年以上の月日が過ぎているところが恐ろしいところです。改めて振り返ってみると、寄せては返す波のようにいくつもの研究のトレンドの波が生まれ、世間を席巻し、やがて下火になりが繰り返され、ラボの片隅にひっそりと眠っている古い機器を見るたびに、兵どもが夢の跡という言葉が頭をよぎります。

僕自身の研究のホームグラウンドは発生生物学で、研究室に配属された当時、巷で大流行だったのがホモログ取りでした。発生遺伝学的な解析で同定されたショウジョウバエの遺伝子のホモログを脊椎動物で調べてみたらなにこれすごいじゃないというのが定番で、最も衝撃的だったのはPhil Inghamさん、Cliff Tabinさん、Andy McMahonさんの若手3人組が出した1994年のshh同定三連発の論文でした。とあるミーティングで同世代のその3人が「hedgehog遺伝子のホモログ取ったら面白そうじゃね」という雑談で盛り上がったのがきっかけ、という話を聞いたことがありますが、その軽いノリといい、Sonic the Hedgehogのゲームキャラクターに因んで名付けられたsonic hedgehogという遺伝子の名前といい、いにしえの発生生物学者たちが長年追い求めつつ夢破れていった難問を、それほど世代が離れているわけでもないお兄さんたちがホモログ取りといういかにも軽いアプローチで爽やかに解決したのが痛快で、研究を始めたばかりのひよっこの院生ながら、新時代の到来を強く感じたのを今でも良く覚えています。これなら僕にも何かできるんじゃない?と。

あれから30年経ち、これなら僕にもできるんじゃないといって簡単になにかできるほど研究は甘くはないということも良くわかりました。あれだけたくさんいたホモログハンターもいつの間にか姿を消してしまいましたし、今日び、どんな研究していますか?と聞かれて、ハエのホモログをマウスで研究しています、と答える学生さんはさすがにいないでしょう。ゲノム配列が決まって、遺伝子リストが出揃い、発現パターンについても全部調べちゃいました、みたいなデータベースがどんどん整備されてきて、いまどき個別の遺伝子の研究して何になるの?なんていう声も聞こえてきます。個別の遺伝子の研究からシステムの研究へ、というスローガンすらもしかしたら今はもう古くて、最先端の技術を駆使して得られた大量のデータをAIを使って解析し、人間の目では到底見つけられないような深淵な意味を探し出す、なんていうムーンショットな研究が、今後のトレンドになっていくのかもしれません。

でもだからといって、個別の遺伝子の働きを丁寧に解析するような研究の価値が下がった、というわけではなくて、すべての遺伝子の働きを統合的に捉えて全体の働きを予測できる時代になったからこそ、いまだ機能未知のまま残されている遺伝子の正確な役割をきちんと記載することの重要性はむしろ高まっている、なんてことはないでしょうか。将棋AIが強いのはそれぞれの駒の動き方が正確に定義されているからであって、銀だと思ってた駒が桂馬になって跳ねだしたら評価値も何もあったものではありません。そして、細胞という盤上に、どんな動きをするか全くわからない駒がたくさん残っていてもいいじゃない、という希望は、領域のメンバーの方たちの最近の数々の研究成果を見るにつけ、確信に変わってきました。名もなき遺伝子のノックアウトマウスを作ったら胎生致死になるなんていうそんなウソみたいなホントの話、だれが予想したでしょう?これが本領域の前半戦での一番の衝撃でした。生物が持つポテンシャルのなんと奥深いことか。これなら僕にもなにかできるんじゃない?と、夢再び。もしかしたら自分史上、今が一番ワクワクしているかも知れません。

いよいよ本領域も折り返し地点を過ぎ、新しい公募班のメンバーとともに後半戦に突入しました。これからどんな二年間になるのか。何十年か経って後の人に、ああ、あの領域がこの研究分野の芽生えだったんだなあと思ってもらえるよう、フルスロットで突っ走っていきたいと思います。

2年前に突如として全部枯死してしまった北大薬用植物園のゲンチアナ。新たしい種が蒔かれ、ようやく新しい芽が出てきました。元気に育ってほしいと思います。