観察力
とある日の午後。
学生 「ちょっと変なミジンコがいるので見てもらえませんか」
現場に行くと、顕微鏡につながったモニター前に人だかりが、、、。
加藤 「あ〜、多分これはオスがメスと交配しようと捕まえてくっついているところだね」
学生 「なんか、頭の方にくっついているんですが、、、」
加藤 「ん〜、確かに不思議だね、、、。でも、ミジンコのオスってあちこちくっつくような行動をとるから間違って変なところにくっついてしまったのかもね。ビーカーの壁にも時々くっついているのを見ることができるよ。」
学生 「え〜っ! そうなんですか!? すごい!!」
研究室では、毎年新メンバーの実験トレーニングで、ミジンコの生活環を知ることを目的としてミジンコにストレスを与えて単為生殖から有性生殖へ切り替える実験も行っており、その実験での一コマです。ミジンコは通常単為生殖によってメスのみを産みますが、個体密度の上昇や日周期の変化等の環境ストレスに応答してオスを産み、自身も通常の単為生殖卵(2n)ではなく有性生殖用の卵(n)を作るようになります。オスとの交配によってできた有性生殖卵(2n)は黒い硬い鞘の中に産み落とされます。黒い鞘に入った卵は環境が好転するまで孵化しないため耐久卵と呼ばれています。一時的な環境変化を凌ぐことができるだけでなく、新たな遺伝子組成を持った個体を作ることができる巧みな生殖戦略の転換です。黒い鞘の数を数え、またその中の卵の数を数えることで有性生殖への転換を確認できればトレーニングとしては大成功ですが、オスとメスの行動の違いなども見られれば有性生殖への転換プロセスを知ることができなお良いですし、面白いですね。
こんなちょっとしたことを不思議に思う力、そして普段と違うことを見分けて観察する力というのが実験を行う上で非常に大事と思います。私たちはミジンコの中で世界最大級のオオミジンコを用いていますが、ミジンコの行動の変化などを見つけるのは、言うは易し行うは難しです。ある程度意識して、興味を持って行う必要があるかもしれません。丁寧な観察の重要性は生殖戦略の転換実験に限りませんので、研究進捗のミーティングでは面白いことが隠れているかもしれないよ、見逃さないようにね、とよく言っていますが、私自身も肝に銘じて実践していきたいと思います。
最後にもう一つミジンコの小話を。稀に出現するオスは、メスよりも動きがすばしっこくて若干赤みを帯びています。赤いのは動きが早く酸素が多く消費されたために酸素運搬用のヘモグロビンが大量に合成されて全身をめぐる血リンパ中を流れるためです。このようなオスの特徴も、有性生殖への転換が起きているビーカーをしっかり観察することで見つかる面白いポイントです。