仁をもって理を知る
このたび公募班の一員として参画する国立遺伝学研究所の井手です。私は顕微鏡で細胞を覗いた時に核内に種のように見える構造体、核小体(仁)の研究に長いこと携わっています。核小体というと1980年代まではタンパク翻訳装置リボソームの合成工場、2000年代はp53の活性化などを含めたストレス応答オルガネラ、そして2020年代の現在は液ー液相分離によって形成される動的構造体と時代時代によって新たな側面をみせ、その都度、分子生物学、細胞生物学、医学に大きな影響を及ぼしてきた歴史があり、今後もそうあり続けるのではないかと思っています。
核小体の中で私が注目しているのは、DNA成分である反復配列リボソームRNA遺伝子(rDNA)です。通常、重複遺伝子というのは、変異が入りやすく遺伝子間で多様化していきます。不思議なことにrDNAは遺伝子間で均一で、かつ長い進化の中でも種間でその配列はよく保存されています。その理由は諸説ありますが、実験的な証拠はありません。そこで私は細胞内でのrDNAの周りのクロマチン環境が他の遺伝子と異なっていることに着目し、その物性や配列保存のからくりを解き明かしたいと思っています。
この環境形成の核となっているのはrDNAがRNAポリメラーゼIによって転写される点です。教科書では、RNAポリメラーゼIはrDNAの転写に特化したポリメラーゼですが、ある特定の条件において他の重複遺伝子を転写し、非ドメイン型ポリマーであるRNAを作っていることが見つかってきました。本領域では、これらが例外的に作られる仕組みやその役割について明らかにしていきます。