古(いにしえ)の論文より(2)
大阪大学の小布施です。ここ最近、なかなか手を動かすことがなくて、何を書こうかなー、と思案していたところ、矢野先生が「古(いにしえ)の論文より」というお題で書かれているのを拝見して、そういえば、と、学生の頃に行った実験(2392–2397 Nucleic Acids Research, 1998)のことを想い出しました。
1990年代、私が大学院の学生として在籍した名古屋大学の岡崎恒子先生(現・名古屋大学名誉教授)の研究室では、ヒトのセントロメアと複製開始点をクローニングすれば人工染色体を構築するというプロジェクトを進めていました。私は、当時、岡崎研の助手だった升方久夫先生(現・大阪大学名誉教授)の指導のもと、ヒトの複製開始点のクローニングを行っていました。具体的には、ヒトのゲノムの断片をプラスミドに挿入して自律複製する、いわゆるARS (Autonomous Replicating Sequence)としてクローニングするというプロジェクトでした。でも、いまだに高等動物のARSは取られていないことを考えると、なかなか無茶なテーマだったのだと思います。それでも、升方先生とともに、ヒトの他のゲノム断片より複製効率が高いものを見出して、その中に、DNA複製を促進して、転写を抑制する二十数bpのエレメント(REE:Replication Enhancing Element)を同定しました。放射性標識したこのエレメントのオリゴDNA(プローブ)と核抽出液を混ぜると、いくつかの移動度(図A、R-I ~ R-IV)のところにゲルシフトをするので、何か特定のタンパク質が結合することが予想されました。このシフトバンドを指標にconventionalにタンパク精製する根性もなく、REEの配列をぼーっと眺めていたら、YY1という転写因子が結合するc-fos遺伝子の上流にあるSRE(serum responsive element)という配列に一部よく似ていることに気がつきました。
この話を朝霧シンポジウム(オウム真理教のサティアンがあった朝霧高原にある持田製薬の保養所で、石浜明先生、村松正實先生、大場義樹先生が中心となって90年代まで行われていた、主に転写制御の研究者や学生が集う合宿。初めての参加で、会場の場所がわからなくて、 誤ってサティアンに入りかけたところ、信者に止められた。)で発表する機会をいただきました。発表し終えた後でタバコを吸っていたら、当時、東北大学加齢医学研究所の帯刀益夫先生がタバコ吸いながら声をかけてくださって、、、帯刀研で研究されていた血球特異的な遺伝子発現のLCR(Locus control region)に結合する転写因子群の一つとしてYY1を見出されていて、いい抗体を作って持っているからあげるよ、と言ってくださいました。
いただいた抗体は、確かにとても良くて、ウェスタンブロットもバッチリ。私が見つけたエレメントのゲルシフトの反応液に加えると、確かに特異的なシフトバンド(図A、R-IV)が薄くなるので、多分R-IVバンドはYY1がついたものということでOKなのですが、、、すっかり消えないのと、抗体を入れて出てくるであろうスーパーシフトしたバンドがはっきり見えないので、少し不満でした。
そこで、ゲルシフトしたゲルをPVDF膜に転写してウェスタンブロットをしてシフトバンドのところにYY1のバンドが見えればいいんじゃないの、、、と思いました。最初の実験は、図Bのようなセットで、放射性標識したプローブ(W2)でゲルシフトを行うのですが、そこに標識していない同じオリゴDNA(W2)を標識したプローブの100倍加えるとシフトバンドが消えて(competeout)、一方で、変異を入れたオリゴDNA(SX)を100倍入れてもシフトバンドが消えないという、いわゆる、 cold competitonの実験セットで行いました。これをPVDF膜に転写して、R-IVのゲルシフトが見えるレーン(図B、レーン1、3、5)で、R-IV YのところにYY1のウェスタンバンドも見えるんじゃないかと、予想しました(当時の岡崎研は研究室全体がRI施設だったので、こんな実験が可能だったんです)。
しかし!、予想とはまったく逆の結果で、、、ウェスタンでYY1のバンドが見えたのは、標識したプローブではほとんどシフトバンドが見えない、野生型のREEあるいはSREのcold competitorを入れたレーン(つまり図Bでいうと、レーン2、4)のみだったのです。なんじゃ、これは、、、何か間違えたかな、、と、結果を見た時には思いました。
そのあと、よくよく考えて、、、、なるほど、と、、、、。野生型のcold competitorを入れた場合は、それにもYY1が結合するので、また、そのcompetitorは標識したプローブの100倍入っているので、R-IVのところに標識されていない野生型のcold competitorにくっついたYY1がいっぱいいて、ウェスタンバンドとしても見えた、と。放射性標識したプローブのみでは、cold competitorの100分の1の分子しかないので、それに結合するYY1も100分の1になってしまい、ウェスタンブロットの検出限界以下でみえない。一方、変異したcold competitorの場合はそもそもYY1がつかないので、YY1のウェスタンバンドが見えないのは当たり前。(ゲルシフトの放射性標識したプローブの検出はX線フィルムを一晩焼かないと見えませんが、ウェスタンは当時すでにECLがあったので、数秒から数分で検出できるので、PVDFにDNAの放射標識があってもウェスタンの検出時間では検出されないのです。)
なんというか、放射性標識で見えているものだけで考えて計画した、いかにも学生がやりそうなお粗末な実験でしたが、、、このとき、cold competitorを入れたセットでtrialしていなかったら、ウェスタンの検出限界以下で、ゲルシフトーウェスタンというアイデアは作戦失敗に終わっていたわけで、、。もちろん、論文では、最初から標識していないプローブを100倍量用いたゲルシフトーウェスタンをやり直して図にしました(図C)。
と、「私のちょっとした実験ハック」ではないのですが、、ゲルシフト(今時、あまりやらないか、、)したところについている結合タンパクは直接ウェスタンブロットで見えることもありますよ、、という、25年以上前の古(いにしえ)のお話でした。
参考文献
C.Obuse, T. Okazaki, and H. Masukata, Nucleic Acids Research 26, 2392–2397, 1998
投稿者プロフィール
最新の投稿
- ノンドメインブログ2024.06.26告知「Xの会」2024年9月に開催!
- ノンドメインブログ2023.10.06古(いにしえ)の論文より(2)
- ノンドメインブログ2022.07.31ヘテロクロマチンの”まあるい”かたち?