パンチ穴シールを使って顕微鏡観察

自分で採った生き物で研究してみたいと思いつつも、なかなかそこまで手が回らない基生研の片岡研介です。

私はテトラヒメナ(Tetrahymena thermophila)の純系という、実に扱いやすい繊毛虫の株で研究をしていて、最近になるまで野生のテトラヒメナを見たことがありませんでした。数年前にちょっと見てみようかと、その辺の池の水を覗いてみたのがきっかけで、最近では暇を見つけては野生のテトラヒメナを探したりするようになりました。

先日の領域会議@慶応大学鶴岡の際も、バス停裏の用水路の底から泥ごと水をとって飲料水ボトルに入れて持ち帰りました。帰りの空港の手荷物検査では、「確認のために、飲んでください」と言われ、泥水なのでちょっと厳しいと拒否したので、だいぶ怪しかったと思うのですが、職員の方はさすがにプロです、顔色を少しも変えずに自ら匂いをかいで無事放免。保安検査場の職員はだいぶ体を張っています。もしも変なものが入っていたらどうするんでしょうか、と心配になったりもします。

無事に持ち帰った泥水はシャーレに広げて、いざ宝探し。実体顕微鏡を覗きながらそれっぽいのを見つけては、先を細くしたガラスキャピラリーを使って一匹ずつテトラヒメナ培地に移動させていきます。この際、移す培地には抗生物質(ペニシリンス・トレプトマイシン・アンホテリシンB)を入れておきます。テトラヒメナは繊毛虫にしては珍しく、バクテリアなどの生き餌を必要としないので、うまくいけば翌日の培地にはテトラヒメナがたくさん増えているということになります。今回は残念ながら空っぽだったのですが、ここで話が終わらないのが野外採取の面白さです。この水、一見ただの泥水なのですが、よくみると色々な繊毛虫がいます。今回もテトラヒメナを探してキャピラリーでシャーレの中を弄っていると、特徴的な形をした繊毛虫が目の前を横切っていったので、一時宝探しを中断して捕まえました。それが、これ。

何かわかりますか?脚みたいなものが生えているし、新手の甲殻類にも見えますね。これ、ユープロテス(Euplotes)というれっきとした単細胞性の繊毛虫なんです。このユープロテスは、Tom Cechのグループが1995-96年にかけてテロメラーゼ逆転写酵素のTERTを見つけた繊毛虫として知る人ぞ知る存在ですが、もっとびっくりするのは、このユープロテス、お腹に生えた脚を使って歩くんです。この脚、繊毛の束らしく(もはや繊毛と呼んで良いのかもわかりません)、それを交互に動かしながら器用に歩きます(切り抜き写真に脚がみえると思います)。脳はおろか神経もないのに、すごいです。私は実物を見たのが今回初めてだったので、ちょっと感動しました。ちなみにこの鶴岡産のユープロテスですが、胃腸薬の強力わかもとを培地にして、実験で余ったテトラヒメナを与えて飼ってみています。

繊毛虫の話で、つい前置きが長くなってしまいましたが、今回のお題の「パンチ穴シール」を紹介したいと思います。

繊毛虫の大きさは0.05 ~ 1 mmくらいなので実体顕微鏡でもみえるサイズなのですが、細かい観察には、通常の光学顕微鏡が必要です。ここで登場するのが、パンチ穴シールです。

穴あけパンチで開けた書類をペラペラしているうちに穴が広がって紙がファイルから抜け落ちちゃったりしますよね。こういう時に穴を補強するためのシールです。繊毛虫の顕微鏡観察では、まず、このシールをスライドガラスに貼りつけます。シールの穴が空いた部分に繊毛虫が入った水を2-3 µlのせて、 18 x 18 mmのカバーガラスで蓋をすれば出来上がり。

このシールは、通常のカバーガラス(0.13〜0.17 mm)よりも薄い0.05 mmで、そこそこの厚みがあるため、貼るだけ 超簡単にスライドガラスとカバーガラスの間にちょうど良いスペースを作ることができます。以前はカバーガラスを間に挟んだり、シリコングリースを使ったりもしていたのですが、それをみた現在のボスの中山潤一さんがこのシール便利だよ、と教えてくれました。シールなので厚さがもっと必要な時は、二枚重ねにすれば、厚さ0.1 mmにもなるし、直径6 mmというのも、繊毛虫のような泳ぎ回る細胞を見失うことがなくなるので非常に良いです。さらに、270 枚入りで定価220円と、とても手軽。

この繊毛虫観察に重宝しているパンチ穴シールですが、これ液滴観察にも使えるはず、ということで、実際に試してみました。野澤さん井出さんの投稿に続いて、「液滴撮影法3」としても紹介してみようと思います。

野澤さんと井出さんも書かれているように、液滴観察の際には、数リットルのバクテリアから精製したタンパク質を、0.1 ml程度まで濃縮することになるので、一回の観察に使う量はできる限り節約したいわけです。そして、このシールを使えば、それを数 µlにできるはずということです。

まずは、スライドとカバーガラスをきれいに洗って表面をコーティングします。コーティングに関しては、井出さんの投稿に詳しいですが、BSA、Sigmacote、Pluronic F-127などがよく使われているようです。今回は、本領域の鎌形さんに教えてもらった日油社のMPCポリマーを使ってみました。コーティングができたらスライドグラスにシールを貼ります。精製タンパク質は高塩濃度の緩衝液に溶かしておいて、観察直前に薄めます。計算上の容量は約1.4 µl ですが、少し溢れるくらいの2.5  µl くらいをのせると気泡が入りにくくてちょうど良いです。そのままそっとカバーガラスをかぶせて顕微鏡にセットします。

これを観察すると、初めは小さな液滴がたくさんみえるのですが、それらが徐々に融合して、20分くらい経つと、底に大きな液滴がたくさんみえるようになります。このままでも1時間くらいはへっちゃらですが、カバーガラスの縁にVLAP(ワセリン:ラノリン:パラフィン=1:1:1を60-70度で溶かしたもの)を筆で塗って封じてししまえば、ほぼ完璧に蒸発を防ぐこともできます。VLAPはベタベタしないので顕微鏡のレンズを汚すこともありませんし、有機溶媒も入っていないので安心です。

今回は繊毛虫や液滴の観察に使ってみましたが、この手軽なシールは色々な場面で使えそうです。アイデアの足しにしていただけると嬉しいです。

投稿者プロフィール

片岡研介
片岡研介基礎生物学研究所 クロマチン制御研究部門 助教
テトラヒメナの大規模ゲノム再編を研究しています