「想定外」
タイトル: 「想定外」
長浜バイオ大学の依田です。私は最後に実験をしたのが20年前で「実験ハック」は書けません。また「計算機ハック」は言葉の響きが危険なので、皆さんの素敵な投稿の数々の後で気が引けますが、オタク話と雑談を書きます。
近頃、かつて想定していなかった出来事が続いていると感じます。猛暑やここ数年多発している水害や土砂災害、電気代の高騰などもそうです。
値上がりしているのは電気だけではありません。私はパーツを購入して研究で使う計算機を自作することがあります。予算の枠内でできるだけ高性能なマシンとなるようパーツを選定するのは面白いです。しかし、材料となるマザーボードやCPUもハイスペックなものは著しく値上がりしています。一昨年なら70万円程度で32コアCPUとGPUで計算機を自作できました。今年だと(性能も向上していますが)100万円以上かかります。もちろん完成品の計算機を購入することもありますが、その場合も同様の傾向です。今日のシミュレーションソフトウェアは、グラフィックボードを活用することで、大規模な分子動力学計算を高速化できます。また、鎖状分子の立体構造探索を促すために私たちが用いる Replica Exchange with Solute Tempering (REST)や Replica Exchange Umbrella Sampling (REUS) によるシミュレーションを行うときには、複数の計算ノードを有効活用できます。なので、GPUを搭載した計算ノードをネットワークで接続したクラスターが研究室の計算資源として好都合です。私たちの研究室ではここ数年、同一スペックのGPU計算ノードを購入しました。同一スペックなので年々値下がりしていくものと期待していました。しかし、予想に反して一昨年と比べて昨年は17%、今年はさらに14%高くなってしまいました。来年はどうするべきかと思案しています。
シミュレーション研究でも「思っていたのと違う」ことが時々起こります。現在、天然変性蛋白質(IDP)への適用を考慮して近年開発された力場を使って超天然変性蛋白質のシミュレーションを行っています。IDPなので水中でシミュレーションするとランダムコイル構造になりやすいと考えられます。なので、人為的にα-ヘリックスを巻かせたIDPの初期構造を用いて分子動力学計算を行うと、アンフォールディングが観察され、ヘリックス含量は時間の経過とともに減少すると期待されます。しかし、力場間比較の先行研究で比較的高い評価を獲得している力場を用いてこれを行ったところ、1μs後でもヘリックス含量が高い値に保たれるという結果が得られています。力場の選択とアミノ酸配列によってはヘリックスの安定性が相当に過大評価されるのだろう、という印象を受けました。しかし、この段階で「この力場はIDPのヘリックス形成が過大」と言い切ることはできません。「アンフォールディングは遅いがフォールディング(=ヘリックス形成)はもっと遅い」可能性があるからです。実際に追加のシミュレーションで調べたところ、この力場では(別のIDP用力場と比べて)ヘリックス形成が相対的に遅いことが分かりました。このようなことが起こる仕組みにも興味がもたれます。
この夏、個人的な「想定外」があと2つありました。不運な想定外は感染症にかかったことです(既に快復しています)。もう一つの想定外は飲み会が増えたことです。感染症への用心は必要ですが、こういう想定外なら大歓迎です。