「余」の生物学

最近は余裕がなく、余裕や余暇、余白など、「余」って大切だなぁとつくづく思います。余り物には福があると言いますが、タンパク質やRNAの構造を取らないと予測されるような領域というのも、ある意味余り物の伸び代のようなもので、ガチガチにできた立体構造と立体構造との間の柔軟性を生んだり、外環境に応じて、フラフラの構造がガチガチの構造に変化したりしていて、おそらく、そういった絶対なければいけないわけではない余りのものが、生物の多様性を生んだり、生物のしなやかさを生んでいるのだろうと思うようになりました。

こんにちは。テトラヒメナのゲノム再編の研究で、公募班の一員として参加させていただきます基礎生物学研究所の片岡研介です。どうぞよろしくお願します。私が研究するテトラヒメナは、トランスポゾンなどの不要なDNAをゲノムから取り除くという、ユニークな能力を持つ生物です。本領域では、このゲノム再編の反応が核内の非膜区画でどのように制御されているのかを明らかにすることを目指します。テトラヒメナ?ゲノム再編?と思われた方もいらっしゃると思いますので、テトラヒメナのゲノム再編と、私がこんな研究することになったきっかけを書いてみようと思います。

テトラヒメナは、繊毛虫類に属する単細胞性の真核生物(原生生物)です。テトラヒメナの仲間の繊毛虫類では、ゾウリムシラッパムシツリガネムシなどが有名で、主に池などの淡水に生息するものがよく知られています。また、魚やカタツムリに寄生する種も知られており、熱帯魚によく見られる白点病の原因も繊毛虫の一種の寄生によるものです。テトラヒメナは、大量培養が可能な唯一の繊毛虫で、これまでに、モータータンパク質のダイニン、リボザイム、テロメア配列・テロメラーゼ活性、ヒストンのアセチル化酵素などの発見に貢献してきました。

私が注目しているのは、テトラヒメナの持つ核の二型性です。テトラヒメナは、単細胞生物でありながら、多細胞生物の体細胞に相当する「大核」と、生殖細胞に相当する「小核」、役割の異なる2つの核を一つの細胞内に維持します。大核は、個体の生命維持に必要な全ての転写産物を生む核であるのに対して、小核は、ほとんどの生活環を通じて、転写活性を有しません。テトラヒメナの有性生殖の過程では、小核が減数分裂を経て、次世代の大核と小核に分化します。小核が大核に分化する際には、約1万箇所に及ぶトランスポゾンを含む領域がゲノムから排除されます。この一連のプロセスには、small RNAを介してトランスポゾンをヘテロクロマチン化する仕組みが介在しており、テトラヒメナは、さまざまな動植物に共通のsmall RNA のシステムをさらに発展させて、トランスポゾンのDNAを丸ごと取り除くという技を独自に生み出してきたようです。

私がテトラヒメナを知ったのは、今からちょうど20年前のことで、当時、大学院生になりたての私は、発生・再生の研究室で、アフリカツメガエルの生殖質(生殖細胞を決定する卵の細胞質区画)に局在するRNAの解析をしていました。そんな当時、PubMedで生殖細胞関連の文献を調べていた際に、たまたま目にしたのが、「ショウジョウバエの孫なし変異体として知られていたpiwiに似た遺伝子がテトラヒメナのゲノム再編に必要で、どうやらそこにはsmall RNAが関係しているらしい」 という論文でした(Mochizuki et al. Cell 2002)。この論文がきっかけで、この論文の筆頭著者だった元ボスのラボで始めたテトラヒメナのゲノム再編の研究も、今年で16年目に入りました。この間、small RNAによるトランスポゾンの認識機構やトランスポゾンのヘテロクロマチン化の機構の詳細がだいぶわかってきました。また、排除されるトランスポゾンが集積してできる非膜性の核内構造体であるダンポソーム(Dumposome)がゲノム再編に必要であることもわかってきました。これまでに、ダンポソームの形成には、ヘテロクロマチン因子であるHP1様のタンパク質の天然変性領域のリン酸化制御が大切なことがわかってきましたが、ダンポソームには、その他にも多種多様なタンパク質(おそらくRNAも)が集積しており、トランスポゾンDNA‘だけ’を正確にゲノムから切り取って、分解する仕組みは依然としてよくわかっていません。本領域では、領域の皆様の知恵を拝借して、DNA削減という特殊な反応がどのようにしてダンポソームに集積し、制御されているのかを、新たな視点から明らかにしていきたいと思います。

テトラヒメナは身近な池で簡単に見つかる人畜無害な生物で、その研究は「余」の最たるもののように感じられますが、そんな余の中から見つかったリボザイムやテロメレースに負けないくらいの新しいコンセプトを見つけることを目指して、本領域の発展に貢献できるように頑張っていこうと思います。

もうすぐ夏休みですね。元気の源も「余」だと思います。みなさま、良い余暇をお過ごしください。

「元気があれば、なんでもできる!」

 

半分趣味ですが、昨年よりテトラヒメナの野外採集を始めました。身近の池にもたくさんいることがわかりました。写真は、基生研の長谷部 光泰さん(教授)からいただいた、タヌキモという食虫植物の一種の補虫嚢に囚われていたテトラヒメナを単離培養したものです(紫:alpha-tubulin、緑:DNA)。どうやら小核が退化しているみたいです。

投稿者プロフィール

片岡研介
片岡研介基礎生物学研究所 クロマチン制御研究部門 助教
テトラヒメナの大規模ゲノム再編を研究しています