続・4.5SHは蜜の味(5)謎解き

コナンにしてもコンフィデンスマンにしても謎解きの時間は最後の数分。そこにすべてのストーリが詰まっていて、すべての伏線を回収してこれまでの謎が次々と解決されていきますが、4.5SHの研究も、まさにそんな感じでした。その一番の立役者が、以前linuxのサルマップでも登場した、摂南大学の芳本さんです。

芳本さんは僕が理研にいたころに近くのラボでポスドクをしていて、違うラボながらうちのjournal clubやprogress reportに参加してくれたり、その縁でGomafuのin vitro splicingの実験を手伝ってもらったりしていたほか、実験屋でありながら趣味がハッカーパソコンで、バイオインフォ解析は玄人はだし。「Macがあれば全然解析できますよ」と、バイオインフォ解析の息吹を僕のラボに吹き込んでくれたのも他ならぬ芳本さん。RNA-Seqのデータが出てから自前で一年以上こねくり回しても何も本質的なことが見えてこず、それでもイントロンリードが軒並み増えていることが気になって、そういえばスプライシングとインフォ解析といえば芳本さんだな、ということで、久しぶりにZoomしたのが運命の2021年9月7日。

「やあお久しぶり、石田くんがやってた4.5SHのKO細胞でRNAseqしたらやたらイントロンリードが増えるんだけどこんなことってある?」

「まあ、あるかもしれないですね」

「generalなスプライシングのスピードが変わったりしたらイントロンリードが増えるとかあるんかいねえ。ヒトとマウスでイントロンリードの量が違っているとかありうる?4.5SH KOでヒト型になってるとか?」

「うーん、、、、あんま聞いたことないですね。良くわからないですけどFastq送ってもらったら前に使ったパイプラインありますし、スプライシングの解析してみましょうか?」

「ありがとう!早速リンク送っとくね。」

実は、昔の石田くんの論文で4.5SHのノックダウン実験でエクソンアレイ実験をしていて、その時はスプライシングのパターンには変化が見られていなかったこともあり、スプライシングはノーマーク、というか全く期待していなかったのですが、翌日芳本さんから連絡があり、

「中川さん、今からちょっとZoomでお話できますか」

「おー、もちろんもちろん。」

「これ、すごいこと起こってますよ、、、」

Zoomで見たところ明らかに目の下にくまを作りながらなにやら興奮気味の芳本さん。聞けば、データ解析していたら止まらなくなってほとんど徹夜で解析をしていたとのこと。実際にsashimi plotを見てみると

な、なんじゃこりゃー!!

当時のslackのやり取り。第一報はZoomの画面共有でしたが、まさに椅子から滑り落ちるぐらいの衝撃でした。

4.5SH KOではWTでは見られない異常エクソンが突如出現しているではありませんか。ここで重要なのはこれらの異常エクソンのスプライシングは野生型では4.5SHによって完全に抑えられているので、選択的エクソンとしてアノテーションがついていない、ということです。つまり、昔のエクソンアレイではどれだけ頑張ってもこの劇的な表現型は検出することが出来ませんし、rMATSでも普通のアノテーションファイルを使う限りは、トップヒットとしては上がってきません。Stringtieでbamからde novoでアセンブリしてgtfアノテーションファイルを作り、そのアノテーションをもとにrMATSを走らせるという芳本さんのパイプラインを使わないと、この劇的な効果はわからなかったわけです。素人が1年半こねくり回して何も出てこないわけがここで明らかに。しかもそのような異常エクソン、一個や二個ではありません。三個だった、でもなくて、数百個の異常エクソン!そしてそれらはすべて、レトロトランスポゾンSINE B1のアンチセンス挿入配列、つまり、4.5SHとbase-pairを組み得る配列です。4.5SHは相補的なSINE B1アンチセンス挿入配列に結合し、その異常なエクソン化を抑えているのではないか!

なにこれ。すごすぎるじゃない4.5SH!もう店じまいだなと思っていた4.5SH。解散が決まっていた売れないバンドが大手レコード会社のプロヂューサーの目に止まり一気にスターダムを駆け上っていく、まるでそんな展開です。実はそのころ個人的には科研費の連戦連敗が続いていて、特に新学術ネオタクソノミの後継領域に2回挑戦して2回とも不採択だったのはダメージが大きく、多少不謹慎な物言いになりますが、「科研費落ちた。日本死ね。」状態でした。3度目の正直の学術変革非ドメイン生物学のヒアリングを終えたのがこの2週間前。これで採択されなかったらもう研究続けられないし転職やむなしかなあ、ということも頭の片隅に浮かんでいて、探さないでください、しばらく旅に出ます、だったのですが、直前にワクワク・ドキドキの結果が出てきて、俄然元気が出てきました。ゲンキンなものです。

とはいえ、これまでノンコーディングRNA研究あるあるで、劇的な表現型が単なる個体差だったり、primary cultureのバッチ差だったりすることは幾度となくあったので、まだ喜ぶのは早い、早い、どうどう、と気持ちを鎮め、別のラインのKO ESでも同じようなスプライシングの変化が起きているか、当時M1の中山さんに確かめてもらうことに。すると、、、

最初に上がってきたPAGEの電気泳動。WT1、KO1、WT2、KO2、、の順で、3つの候補遺伝子について選択的スプライシングを見たもの。KOではWTでは決して見られない異常エクソンが挿入されたフォームにほぼ完全に置き換わっている。

初めてのPAGEで泳動がぐちゃぐちゃで右端も切れてるのは愛嬌として、3つの代表的な遺伝子で、すべてスプライシングの変化が起きています。しかもすごいのが、WTでは異常エクソンが全く見られないのに対し、KO細胞ではほぼ全てその異常エクソンに置き換わっているということです。これらの異常エクソンはストップコドンやフレームシフトを導入するので、言ってみればこれらの遺伝子はノックアウトされていることになります。つまり、マウスというのは異常エクソンに置き換わってしまうような「遺伝病」をたくさん抱えていながら、進化の過程で獲得した天然の遺伝子治療薬のような4.5SHがあるおかげでそれらをことごとくスキッピングさせ、エクソンスキッピング療法をしながら生きながらえているなんていう、壮大なストーリが明らかになってきました。また、以前レポーター遺伝子のイントロンにSINE B1の挿入効果を調べたことががあって、その時はなんの影響もなかったのですが、実はSINE B1のアンチセンス挿入配列はスプライシングのドナーとアクセプター、ポリピリミジントラクトはもっているものの、ブランチ部位配列がありません。つまり、イントロン中のブランチ部位配列の下流に挿入された時は異常エクソンになりますが、僕らが作っていたレポーターではその配列がなかったので、影響が見られなかった。すべて辻褄があいます。芳本さんにfastqをわたしてからここまでわずか1ヶ月。まさに急展開の、謎解きの時間です。

次回、いよいよ最終回です。