危険なおもちゃ(カスパーゼ)の扱い方
1歳になる娘が遊び散らかした部屋は、凶器に満ち満ちています。床に散乱したレゴブロックは特に危険です。家族の安全を確保するために夜な夜な部屋を片づけながら、おもちゃが自発的に元の場所に戻る仕組みがあったらどれほど良いだろうと考えます。その点、紐がついたおもちゃは優秀です。繋いだ場所から大きく離れることもありませんし、ベビーカーに繋げば外出時に紛失することもありません。
アポトーシスにおいて、カスパーゼの活性化は回帰不能点 (point of no return) であると考えられてきました。一方で、ここ20年の研究からカスパーゼは細胞死とは独立にその他の生理機能を多々発揮することが報告されています。私たちもショウジョウバエを用いた研究から、カスパーゼが非細胞死性に器官成長を促進することを報告しました。こうしたカスパーゼの細胞死以外の一連の機能はCaspase-Dependent Non-Lethal Cellular Processes (CDPs) と近年名付けられ、ようやく明るみに出つつあります。しかし、なぜ細胞はカスパーゼの活性化に耐えられるのか、という素朴な疑問を説明可能な分子基盤は未だ明らかとなっていません。
私たちは、カスパーゼの活性化を細胞内の一部に区画化することで、細胞死を起こすことなくその他の生理機能の発揮が可能になるのではないかとの仮説を持って研究を進めています。私たちは、このような区画化したカスパーゼの活性化の場を、カスパーゼ反応場と呼んでいます。ではカスパーゼ反応場はどのように構築されているのでしょうか。私たちは、カスパーゼが持つ紐のような非ドメイン領域(プロドメイン)とカスパーゼの近傍に存在するタンパク質の非ドメイン領域が、カスパーゼ反応場の構築に重要なのではないかと考えています。細胞にとってともすれば凶器であるカスパーゼを、紐を巧みに用いることで多義的な使用を可能にするということは、床に転がると凶器となるおもちゃを、紐によって繋ぐことで安心安全な使用を可能にするということに似ているかもしれません。これまでは主にショウジョウバエを用いてカスパーゼの非細胞死性の機能に関して研究してきました。本研究領域では、カスパーゼ近傍タンパク質の解析やカスパーゼ活性可視化プローブの開発、ヒト培養細胞でのカスパーゼの非細胞死性の機能の解析を進めていきます。
これまで10年弱研究をしてきましたが、こうした研究領域に参画させていただくのは初めての経験です。公募研究に採択していただき、研究費をいただけることに感謝しつつ、超若手研究者として、研究領域も自身の研究も活性化させられるように尽力いたします。